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インタビュー金澤一郎
2011.12.12 | Category 独創人インタビュー

独創人インタビュー

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第1回 金澤一郎先生

Japan Treasure Summit(JTS)は、
学術芸術が果たす役割を世に問い、学術芸術のすばらしさを発信するとともに
日本社会に合った寄付文化・社会的投資文化の形を提案することで
学術芸術活動を社会全体が支える風土を醸成していきたいと考えています。

JTSでは、学術芸術界のトップリーダーである独創人のご経験を伺いながら
日本社会に合った寄付文化・社会的投資文化の形を模索していきます。

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<JTS事務局(JTS)>
寄付により実現した研究成果、芸術活動等の事例を教えてください。

<金澤一郎先生(金澤)>     
私が医学部卒業後まだ間がない頃、ネズミを使った実験を計画したことがあります。
脳浮腫を作成して、それを既存の薬物が阻止できるかどうかという、
今から思えば単純な研究です。この計画を、医局に出入りしていたプロパー
(現在のMR)に何の気なしに話したところ、
自分の会社のある種の薬物を原末で提供するからその研究をやってみませんか、
と言われて、同時に当時のお金で100万円位の研究費を頂いたことがあります。
それを使っていわゆる研究というものを初めて行うことができた覚えがあります。

さらに我が国でDNAプローブを用いた遺伝子連鎖の研究がまだ始まっていない頃に、
米国の研究者とその種の協働研究を始めようとしたことがあります。
その時、米国のある遺伝病の患者さんの団体から、日本円にして400万円
(今なら1000 万円位の価値がある)の寄附を頂き、日本で初めてのDNAプローブを
用いた遺伝子連鎖解析が出来ました。そのおかげで、現在の私がいるのです。


<JTS>
今後発展が期待できる研究分野、芸術活動はどのようなものがあるでしょうか?

<金澤>
多くの人間にかかわり、多くの人間が興味を持ち、多くの人間が自分の問題として
捉えることができ、多くの人間が力を合わせないと解決に近付かない研究分野、
それはやはり脳科学だろうと思います。

過去の自分の言動を思い出して恥じ入ってしまう自分、将来の自分を想像して
ウキウキする自分、そんな「自己」は一体脳のどこにいるのだろうか?
20年前には、そんなことを研究対象になるのではないかと考えるだけで
「バカじゃないか」と言われました。ところがやっと、これが現実に研究することが
可能になって、「前頭葉」こそが、自分がいる場所だろうと悟る時代になりました。
これからの20年の間、どこまで研究が進むのかを想像するだけでドキドキします。
「隣に座った女性はきれいな人だな」と心で考えただけで、その自分の心の活動が、
反対に座っている自分の奥さんに読まれてビンタが飛んでくるという恐ろしい
時代が来るかもしれません。

もう一つ期待できる分野は、アルツハイマー病やパーキンソン病など、神経細胞が
独りでに理由もなく死んでゆく病気の原因が明らかになり、根本治療がいずれ
可能になる、ということでしょう。

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(2011年11月 JTSアート&サイエンスカレッジにて)



<JTS>
逆に、このままでは衰退・消滅が危惧される研究分野、芸術活動はあるでしょうか?

<金澤>
生命科学の領域になりますが、「細菌学」「寄生虫学」「衛生学」「人体病理学」
「古典的な薬理学」「古典的な生化学」「電気生理学」などの分野は、危ないと
思われます。今は、ウィルス学、免疫学、分子生学、遺伝子学、分子病態学、
ゲノム薬理学、等が流行であり、前に挙げたいわば「泥臭い」学問分野は明らかに
敬遠されています。ただし、これは全世界的傾向であって、日本だけの問題では
ありませんが。


<JTS>
金澤先生が考える「社会への奉仕活動の在り方」をお聞かせください。

<金澤>
我が国には宗教、特にキリスト教があまり根づいていないために、欧米で考える
ような「奉仕活動」というものがあまりスムーズには行いにくい状態にあると
考えざるを得ないように思います。勿論これは評論家的発言ですから、批判される
だろうとは思いますが。

今回の東日本大震災に際しても、救援活動やボランティア活動で多くの人数が
被災地に押し寄せたにも関わらず、実際に活動を行った方々があまり充実した
活動ができなかったという思いを持っていると言われるのは、救援活動の「拠点」、
つまり「とまりヘソ」が明確でないことによるものだろうと思われます。
教会が其の役割を担って、救援物資も、炊き出しも、義捐金の分配も、何もかも
教会が仕切って上手くオーガナイズする欧米とはやはり異なるのではないでしょうか。
この教会の役割を「お寺さん」が担えるかどうか、が鍵ではないかと思うのです。
仏教国に数えられる日本においては、お寺さんがその役割をやって頂ければと
思います。広い敷地と広い本堂を開放して、和尚様がスマートフォンを匠に駆使
しながら、関係者の人たちをオーガナイズして「仕切っている」姿を想像するのも
素晴らしいことだと思います。

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