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インタビュー長谷川眞理子
2013.12.02 | Category 独創人インタビュー

独創人インタビュー

  長谷川先生2ご近影.jpg第9回  長谷川眞理子先生

Japan Treasure Summit(JTS)は、

学術芸術が果たす役割を世に問い、学術芸術のすばらしさを発信するとともに
日本社会に合った寄付文化・社会的投資文化の形を提案することで
学術芸術活動を社会全体が支える風土を醸成していきたいと考えています。

JTSでは、学術芸術界のトップリーダーである独創人のご経験を伺いながら
日本社会に合った寄付文化・社会的投資文化の形を模索していきます。

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JTS事務局(JTS)>

寄付により実現・加速した研究成果、活動等の事例を教えてください。

 <谷川眞理子先生(長谷川)>

基礎科学である行動生態学、中でも動物の生態については、いわゆる一般受けはするが、文科省の研究費以外では寄附が集まりにくい分野だと思います。

 一例をあげれば、アフリカでのチンパンジーの生態研究プロジェクトがあります。1980年に、タンザニアのマハレ山塊での野生チンパンジーの生態観察ができる国立公園設立を、JICAのプロジェクトとして立ててもらいました。国際協力のプロジェクトなので、外務省の支援でアフリカに行きましたが、その時に、京都大学の故伊谷純一郎先生が京都の財界人・文化人の方々に、「チンパンジーは絶滅危惧種に指定されている。そのチンパンジーのための国立公園をアフリカで初めて作るので、その支援をしてほしい」とお声をかけてくださいました。また、一般の方向けの講演会なども開き、そこで参加者の方からのご協力もありました。それらの結果として3,000万円集まり、そのお金を、タンザニアの国立公園公団と協力して、セスナ機用の飛行場設置、現地スタッフの宿舎設置、調査用建物設置、人件費等、有効に使わせていただきました。目に見えるものではありませんが、設立の為に必要なインフラに使わせていただくことができたのです。この研究プロジェクトは、科学研究費やJICAの支援で現在に至るまで継続していますが、1980年の3,000万円がこのプロジェクトの原点となっています。

 ― 自由に使える研究費について

科研費で取ると、公的な資金なのでハコが決まり、研究計画の一部として必ず理由がつかなければなりません。しかし、例えばタンザニアなど途上国で進めようとすると、それ以外に様々なところで費用が必要であり、また思いがけない事態が起こり、年度の計画にはない費用が発生することもあります。現地の経済状況が悪い場合もあり、そのような際に、自由度の高い補助金は大変ありがたいものです。

このマハレ山塊国立公園設立プロジェクトに関しては、アフリカの奥地に入って、チンパンジーの生態を研究するということに夢・ロマンを感じて共感を持ってくださった方が多かったのではないでしょうか。その結果として、多額のお金を集めていただけたのではないか、と思っています。

 ― 企業からの寄附について

国際霊長類学会など、国際的な学会を日本で開催する時は、財界関係からご寄附をいただいています。このご支援がないと、海外からの招待者の旅費等を賄うことが難しくなります。ただ、これらは、知人など個人的なつながりを通じての企業からのご支援であり、その都度、企業への説明などプロセスを必要としており、学会と企業をつなぐ継続的な支援システムとして確立されているわけではありません。継続的な支援の例は少なく、例えば、進化学会には、DNAのシークエンサーで配列を読み取る分析機器やソフトのメーカーから、寄附があります。研究者がその機器などを使ってくれれば、企業にとっても何かしらの期待が持てるということからでしょうか。また、動物行動学会とサントリーのように、その企業の打ち出しているコンセプトと合致すると判断された場合に、支援がいただけるケースもあります。

 ― 海外と日本の寄附事情を比較して

日本でも、寄附税制の改正を経て変わってきていると聞いていますが、海外では、寄附への意識が異なると思います。例えば、高等教育に対する奨学金の厚みが全く違います。公的な奨学金も日本より充実していますが、それに加えて、個人や企業からの基金も充実しており、博士課程に進むための奨学金がたくさんあります。ほとんどの大学院生が何らかの奨学金を取っており、すべて自費で進学する学生はいないのではないでしょうか。それだけ研究に取り組む卵を育てることが大変重要であること、公的に支えるだけではなく富裕層の義務であるという認識が根付いているのではないかと思っています。例えば、エール大学では、クライン氏の寄附による総合図書館など、寄附者の名前が付いた建物や施設がたくさんありますね。日本人では、ケンブリッジ大学のジャパノロジーの為に、(株)丸井グループの社長を務められた青井忠雄氏が建物(青井パビリオン)を寄贈されている事例がありますが、珍しいと思います。

 海外では、卒業生が社会的に成功した場合、自分に大変楽しく充実した学生生活を与えてくれた母校に恩返しをしたいという思いを抱き、それが良循環していると思います。大学側もそれを意識して、本当に良い学生生活を楽しませるために、いろいろな仕掛けを用意しています。ここが、日本の大学とは大いに違うところです。学生達が、自分たちがどれだけ楽しいと感じつつ学問ができているか、在籍している大学が自分の成長にどれだけ大切な意味のある場であるか、などを実感できる節目節目の仕掛けが日本の大学には欠けているのではないでしょうか。エールやハーバードなど海外の大学では、学生たちに人生の一番楽しい時期を本当に有意義に過ごしてもらい、その大切な思い出を数十年後に思い返して、母校をより良くするために何らかの恩返しをするという形がきちんとできているように思います。

 具体的な学術研究についても、カーネギー財団など、有力財団がごく初期から資金を出すなどの事例を聞きますが、日本ではあまり例を見ません。成果や結果を問うのではなく、優れたアイディアであると認めた場合は、未知の研究分野にも積極的に協力・支援していると思います。

JTS事務局>

社会全体で支えるべき学術・芸術活動として、今後、更に発展が期待できる研究分野、プロジェクトに関してお聞かせください。

<長谷川>

人間を考える学問を統合したいと考えています。すなわち、医学はもちろん、心理学、社会学、理系では人類学、生物学など、医学系、人文社会系、理系と三つに分かれている分野を統合した取り組みが求められていると考えています。

 生物としての人間が長い歴史の中で、どのように進化してきたから現在の体になったのか、なぜこのような進化を遂げたのか、を生物学、人類学とともに探れば、また医学も変わってくるのではないでしょうか。病気ではないが人の体に起こる不調(例えば、悪阻など)は、それを単に失くすという方向だけで考えるのではなく、それがなぜ起こるのか、どのような意味があるのか、進化の中で必然として起こるようになるプロセスがあったのではないか、ということが理解されれば、医学的な対処方法もまた違ってくるのではないか、と考えています。そのような意味で、これらが統合されれば、これまでと違った見方が出てくるのではないでしょうか。心理学も、昔は汎用学習理論を作ろうとしていましたが、現在は脳もコンピュータのような全方向型のものではなく、バイアスのかかった臓器であるとわかってきているように、生物の基盤や進化を考えたら、見方が変わるのではないでしょうか。そうすると、経済学や社会学も、人間の考えていることを分析する学問であるから、生物学や進化学、人類学の視点を加えれば、社会の見方が変わるのではないか、と考えています。このような意味で、人間に関すること全てを統合する「統合人間学」のようなものを創りたいと考えています。今回のコホートの研究も、こういうことの一環であり、生物学、人類学の研究者と精神科医が一緒に進めようとしているという意味でも、私自身にとって、大プロジェクトなのです。

 このようなことから、今後やりたいこと、目指していることとして、民間の「犯罪学研究機関」の設立があります。日本では、大学や研究所の中に、いわゆる「犯罪学」の講座はありません。医学部から法医学、精神科医による精神鑑定、警察内部の警察政策研究センターや科学警察研究所などがありますが、これらは「現場」であり、さらに、例えば警察行政の中の組織だと、いろいろな制約があり、データなどが十分に出てきません。また、心理学の中に犯罪心理学、あるいは法社会学の中に犯罪学が含まれますが、このように分散されていて、携わる人も多くありません。犯罪に関して司法行政という点からも議論の多い現状だと思います。このことから、中立の民間NGO, NPOとして広く検視、取り調べ、犯罪統計、予防策、政策提言まで、まとめてデータをもって分析できる研究所が必要だと考えています。警察も犯罪統計データを持ってはいますが、それが専門ではないという立場から、データの蓄積、精査・分析を特化して進めるに至っていません。海外には、Institute of Criminology というのが大抵あります。イギリスに視察に行った際に、犯罪、警察行政に関してのデータを収集・分析し、提言をするNPOが大小取り混ぜて約50あり、その中で警察の犯罪対策に対して効果的な提言をし、取り入れられている機関は15ほどある、と聞きました。日本には、まだそのような機関、つまり警察が公表しているデータを統計学的に意味のある形で分析し、日本の犯罪の現状について、きちんと正しく示しているところはありません。例えば、児童虐待などについても、実母による虐待が多い、とメディアなどで流されますが、統計分析結果に基づいた正しい捉え方ではありません。このような点で、日本の現状に後れを感じています。

 欧米では、犯罪分析に関する研究書も出版され、何が犯罪防止に効果的であったか、地域ごとの差異や問題、など詳細なデータ解析とその結果や、それらに基づく提言がなされています。日本では、未だ印象論、感情論に偏りがちで、科学的な根拠に基づく検証が進んでいませんし、そのための機関もありません。心理学系、生物学系、社会学系、法学系、すべてが共同で取り組む「犯罪学研究所」において、中立な立場で科学的に提言をしていくことが必要だと考えています。中立性を守るためにも、これは民間の組織であることが望ましいと思います。

JTS事務局>

社会全体で支えるべき学術・芸術活動として、今後、衰退・消滅が危惧される研究分野、プロジェクトに関してお聞かせください。

<長谷川>

博物館と分類学だと思います。これらは密接に関連しているものです。日本の博物館の財政基盤は非常に脆弱です。理念として、博物館は未来永劫、実物標本を収集し、万人のアクセスを可能とすることが使命です。したがって、例えば、標本管理者の投入が継続的に必要なのですが、日本の博物館には、このような覚悟が足りない印象があります。また、財政的に自立を求められるために、集客やグッズ販売などに、むしろ学芸員のエネルギーや時間がとられているようであり、実物標本の収蔵自体が使命であることに対する、国や自治体の理解が足りないと思います。また、DNAデータベースが読み取れるようになったため、DNA型がデータとしてあり、その生物の3次元映像があれば動物や植物の実物標本は不要、という考え方も出てきていますが、これは、大きな間違いで、分類学はそもそもDNAの話ではなく、形や発生の過程などすべてが関わってくるので、実物の標本を大量に揃えていることが大変重要です。野外のものについては、その環境を検証することも大切でなのです。しかし、最近はこの点がおろそかになっているように思っています。また、若い研究者にとって魅力的ではなくなっているのかもしれません。ここに、博物館の熱意の欠如、財政面の問題も加わるとすると、その将来に非常な危惧を感じています。

JTS事務局>

学術・芸術活動への寄付のあり方に関して、先生のお考えをお聞かせください。

<長谷川>

芸術と同じように、科学でも感動を与えることができると思います。見たり、聞いたり、知ったりすることで得られる感動を創り出すことが、自分たちの生産活動だと実感できれば、そこにお金を投じることが良い貢献になる、と思えるのではないでしょうか。自分が感動するだけでなく、その思いが、他の人々に豊かさを与えるものに貢献したいという気持ちになり、自然に次世代を育てる道筋になるよう、世の中に見える形で作れれば良い、と考えています。日本では子供たちに、なかなかこのような意識を持たせることができていないのではないでしょうか。

また、自由度の高い支援が必要だと考えています。自由な研究を進めるためには、公的資金のみでなく、民間の財政支援が大変重要だと感じています。

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