独創人インタビュー
第6回 小宮山宏先生

Japan Treasure Summit(JTS)は、 学術芸術が果たす役割を世に問い、学術芸術のすばらしさを発信するとともに 日本社会に合った寄付文化・社会的投資文化の形を提案することで 学術芸術活動を社会全体が支える風土を醸成していきたいと考えています。
JTSでは、学術芸術界のトップリーダーである独創人のご経験を伺いながら 日本社会に合った寄付文化・社会的投資文化の形を模索していきます。
<JTS事務局(JTS)>
寄付により実現・加速した研究成果、活動等の事例を教えてください。
<小宮山宏先生(小宮山)>
私がいちばん最初に頂いた寄付は、河上記念財団からの若い人たちへの支援を目的とした奨学寄付金でした。たしか、20代後半の頃、年間60~80万円のご支援を2年間と記憶していますが、用途を限定せず、何に使っても良いということが非常に有難く、学会への出張旅費などに使わせていただきました。2年間で頂いた百数十万円を5~6年かけて大切に使わせていただきました。
その後、私が助手、そして講師を行っていた時代には、東亜燃料工業株式会社(現東燃ゼネラル石油株式会社)から奨学寄付金として約10年にわたり毎年150万円ほど支援して頂きました。これも何に使っても良いという研究費でした。今の人たちにとっては、少額と思われるかも知れませんが、当時は、教授、助教授、助手をはじめ、研究員約20名で構成されるひとつの研究室が、約300万円足らずで運営されておりましたから、その当時の150万円は、研究を行うにあたり、本当に意味のあるお金でした。国からの科研費も徐々に増えてきており、今では国全体で約2000億円になると思いますが、その当時は500億円に達していなかったと思います。ですから、科研費をもらえるということは宝くじを当てるようなものでした。そんな時代に、長期にわたり安定したご支援を頂戴できたのは、本当に有難かったです。
大規模な例としては、私が東京大学・工学部長を務めていた時に、株式会社アドバンテスト創業者の武田郁夫氏から、工学部へ40億円の寄付を頂き、半導体のためのクリーンルームを有する「武田先端知ビル」という建物を学内に建てることができましたし、総長を務めておりました時には、株式会社セブン&アイ・ホールディングス名誉会長の伊藤雅俊氏とご夫人の伊藤伸子氏から50億円の寄付を頂き、社会連携と国際交流拠点となる「伊藤国際学術研究センター」という建物を学内に建てることができました。私が総長に就任した頃から、急激に国家財政が悪くなり、それまで大学の建物というのは、基本的には国からの助成により整備されるものでしたが、私が総長を務めていた時代に建築された建物はほとんど寄付によるものであり、今もその状況は続いていることと思います。

(2012年9月 - 伊藤国際学術研究センター・ファカルティクラブにて)
また、いわゆる研究費や大規模な建物のほか、総長時代には、奨学金のための寄付を頂いたという例がずいぶんあります。例えば、インドの大学生に奨学金を出すというプログラムが組めたのは、約1億円の寄付のおかげでした。本当の意味でのトップクラスの留学生を受け入れるには、その国で試験を行い、奨学金を約束してから大学へ連れてくるというのが国際常識なのです。「とにかく研究生としてでも来なさい。その後、試験に合格すれば大学院に入れますし、申請してうまく行けば奨学金が貰えます。」といった今のスタイルでは、国際競争にもなりません。世界トップクラスの学生をその国で試験して、優秀な学生を選抜し、受け入れた学生には奨学金を支給するというのがアメリカの大学の常識であり、そのスタイルが急激に世界に広がりつつあるのです。
私が総長2年目くらいの頃に、中国の復旦大学の周年行事に招かれ、王学長の司会のもと、私とオックスフォード大学のジョン・フッド学長と、イェール大学のリチャード・レビン学長の3人で対談を行いました。研究や交流に関する対談の後、学生との質問セッションが行われていたのですが、そのときは本当に驚きました。学生の質問はすべて留学に関するものでした。右から、レビン氏、フッド氏、私という並びでいたのですが、最初にイェール大学のレビン氏が、「イェール大学は、優秀な学生しか受け入れません。しかし、受け入れた学生は全員授業料無料とし、全員に奨学金を差し上げます。」とお答えになったのです。その瞬間、学生は一斉に大拍手ですよ。その時、私はなんて答えようかと困りました。先程お話したような状況なのですから。「とにかく来なさい。その後、試験に合格すれば大学院に入れますし、うまく行けば奨学金が貰えます。」なんて、とても言えません。すると、真ん中にいらした、オックスフォード大学のフッド氏が、「I'm sorry,but Oxford is not so rich as Yale」とお答えになられたのです。
その背景は何かというと、イェール大学は、2兆円のエンダウメント(寄付金)を持っており、そのうち、4~5%を毎年使うというルールを決めているのです。運用も行っていますので、リーマンショックのようなことがなければ、実際は使っていても増えてゆくのです。2兆円の4%というと、800億円です。これは東大の運営費交付金と同じ額に相当します。これが「優秀な学生しか受け入れませんが、受け入れた学生全員に奨学金を差し上げます。」と言える根拠となっており、国際スタンダードになりつつあるのです。そこで、興味深いのが、オックスフォード大学やケンブリッジ大学では、イェール大学の元学長や元副学長を学長に雇っているということです。東京大学とケンブリッジ大学は世界10大学の大学連合である国際研究型大学連合でご一緒しましたが、ケンブリッジ大学・学長のアリソン・リチャード氏は、イェール大学で、レビン氏のもとで副学長を務めてらした方なのです。何故、イェール大学かというと、ハーバード大学のエンダウメントはイェール大学の2倍の規模なのですが、長期間かけて築かれた基金ですので、なかなかハーバード大学の真似は出来ないと思うのですが、イェール大学は急激に基金を拡大したため、イェール大学の真似なら出来るのではないかと思うからなのです。
そんなわけで、学生に奨学金を約束してから連れてくるというのが、優秀な学生を受け入れるスタンダードとなりつつあり、これには焦燥感を感じています。イェール大学のような規模でなくても、同じことが出来ないかと考え、中国から少人数ですが、毎年7~8人、北京大学、清華大学、復旦大学の学長推薦を受けた学生を対象に行っており、また、インド工科大学の学生にも奨学金を提供しています。優秀な学生を日本へ連れてくるということは、国際化にはやはり必要なことです。そして、規模は小さいですが、それができるようになったのは、寄付金のおかげなのです。
<JTS事務局>
社会全体で支えるべき学術・芸術活動として、今後、更に発展が期待できる研究分野、 プロジェクトに関してお聞かせください。
<小宮山>
私は「プラチナ社会」というものを提案していますが、これからは量から質へ転換する社会なのです。衣食住など、生活のために量を求める時代は終わったのです。そこから、生活そのもののクオリティを高めてゆく方向に、長期的には経済の比重が移ってゆくと思うのです。そういったときに一体何が必要なのか。ひとつは芸術ですよね。それから、今お話したようなことを長期で考えてゆく時に必要な学問のようなものがあるわけです。分かりやすい例として、太陽電池の基礎研究であるとか。
一般的に、企業では、IRR12%以上とか、投資に対してどのくらいの見返りがあるかという議論を行いますが、それは非常に短期的視野で結果を求めています。そういうとき、いったい誰が、100年後とは言わないまでも(100年でも良いのですが)、20年後、30年後、40年後、今から言うと2030年、2040年、2050年といった時期に必要となる産業や社会を考えるのでしょうか。また、そのことを考える人たちをどうやって維持してゆくのでしょうか。
これは、特に短期視野になっている今の資本主義社会では、大変難しい状況にありますが、そういう時にこそ必要なことで、なんとか日本で活発にやり続けることができればと考えています。そういった活動をアメリカではフィランソロピーというのです。
<JTS事務局>
社会全体で支えるべき学術・芸術活動として、今後、衰退・消滅が危惧される研究分野、 プロジェクトに関してお聞かせください。
<小宮山>
芸術なんてものはいちばん典型的なもので、芸術がなくても食べてゆくには困りませんから、社会で支えないと下手すると消えてしまいます。
また、リベラルアーツが必要だと皆さん口ではおっしゃるのですが、リベラルアーツは今衰退してきています。これにはいろんな理由があるのですが、ひとつには、やはり国立大学が教養学部を廃止してしまったことがあると思います。国立大学で教養学部があるのは、東京大学が唯一ではないかと思います。教養学部が無くなるということは、その学部の先生の雇用も無くなるということです。東京大学はインド哲学に非常に強いのですが、人間の根源を考えている人達ですから、彼らと話をするということは、非常に得るところがありますし、そういうものが無い総合大学なんて有り得ないと思うのです。ですから、そういう分野を縮小しようとは思いませんし、総長裁量で予算を確保しておりました。しかし、就職先がないから若い人がやりたがらないわけで、これは当たり前のことですよね。では、そういう分野をどうやって維持するのでしょうか。いろんな大学に行ける可能性があり、そこに、ある程度の大きさの雇用があれば、若い人も育つのではないかと思うのです。
でも一体、それを誰が支えるのでしょうか。こういった学問は実に安上がりで、人件費だけで良いのです。理系の先生を1人雇うのは大変なことです。300m2くらいのスペースや、その中に入れる設備が必要となりますから、とてもお金がかかります。しかし、人文系のポジションは、理系の約10分の一の費用で確保できると思うのです。1000万くらいあれば1つのポジションができるわけですから、日本でそういったポジションを1000確保すると仮定すると、100億のお金があれば、日本の文化や人文的な基礎的学問が支えられるわけです。そのくらいの余裕が、日本に本当に無いのでしょうか。一方、日本には1500兆、つまり、100億の15万倍の富があると言われています。このうち、ほんの少しのお金がそういった学問のために流れるような仕組みを作りたいと思うのです。
<JTS事務局>
学術・芸術活動への寄付のあり方に関して、小宮山先生のお考えをお聞かせください。
<小宮山>
アメリカの富裕層は、日本とは桁違いですから、いわゆるアイビー・リーグのような、アメリカのトップクラスの大学には、毎年一人で100億とか数10億規模の寄付がいくつも集まるわけですが、それは日本では難しいことだと思います。しかしながら、国民1人当たりの平均収入は、アメリカと日本ではほとんど変わらないのです。日本は非常に格差の小さな国ですから、どうやって、少し豊かな人たちが少しずつ寄付するか、また、それを沢山集めることができれば、全体では、アメリカと同じような寄付額に達することができるのではないかと思うのです。
最終的に理想とする寄付のあり方は、「国や地方に収めるべき税金のうち、10%は自分で自由に、しかるべき資格をもった寄付を受けるところに寄付して良い」といった制度だと思うのです。これは本当の意味での税額控除といわれるもので、本来100万円税金を納めなくてはならない人が10万円は、自分の貢献したいところに寄付をする。この寄付証明を提出し、申請すれば、税金は90万円で良いという制度です。財務省は嫌がるでしょうが、寄付プラス税金で社会の負担を賄うということは、国民にとって納得のゆく論理だと思いますし、脱税も減り、最終的には収入総額が増えると思うのです。わけのわからないところにお金を持っていかれると思うと納税したくないという気持ちも生まれるものですが、「これは良いことだと共感し、そこに自分はお金を納めたい、社会貢献したい」と思う人は、相当数いると思うのです。
人間と言うのは、常に支え合って生きてゆくものです。日本において、寄付文化、社会的投資文化を支える制度が整い、学術芸術活動を社会全体で支えることで、心豊かな暮らしが実現できればと願っており、その実現のために寄与したいと思います。
