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インタビュー吉井讓

独創人インタビュー

第8回  吉井讓先生

吉井讓

Japan Treasure Summit(JTS)は、 学術芸術が果たす役割を世に問い、学術芸術のすばらしさを発信するとともに 日本社会に合った寄付文化・社会的投資文化の形を提案することで 学術芸術活動を社会全体が支える風土を醸成していきたいと考えています。

JTSでは、学術芸術界のトップリーダーである独創人のご経験を伺いながら 日本社会に合った寄付文化・社会的投資文化の形を模索していきます。


<JTS事務局(JTS)>

寄付により実現・加速した研究成果、活動等の事例を教えてください。

<吉井讓先生(吉井)>

初めて私が寄付に関わったのは1995年、東京大学で採択された文部省中核的研究拠点形成プログラム(COE)で、科学研究費の分担者として参加したときからです。

宇宙には何十億光年の彼方で銀河よりも明るく輝き、明るさが時間的に変動する、クエーサーという天体が存在します。この変動を数年間に渡ってモニターすることで、クエーサーまでの距離を正確に測ることができる画期的な方法を思いつきました。通常は望遠鏡を長期間継続して使うことは難しいのですが、このCOEでハワイ、マウイ島のハレアカラ山頂に、モニター観測専用の口径2メートルのMAGNUM望遠鏡を建設することができ、それによって世界に先駆けた研究をすることができました。

しかし、COEの研究期間は当初5年間限りで、その期間が過ぎると望遠鏡の運用費は国から補助されなくなるため、外部から運用費を獲得しなければなりませんでした。年間3千万円で最短3年、約1億円を目標に、それこそ切実な思いで経験のない寄付金集めを始めたのです。

多くの企業を訪問しました。当初は担当の方から「天文学が社会にどう役に立つのか、社内で納得してもらえる理由を述べてもらわないと寄付は難しい」と言われ、そこで改めて、研究と社会との関係について真剣に考えるようになりました。やがて少しずつですが賛同してくださる企業が現れるようになり、最終的には76社から総額1億円の寄付をいただいて、貴重なデータを手にすることができたのです。

補足ですが、望遠鏡の運用費の問題については、国の対応も少しずつ変わってきています。これをひとつの実例として、文部科学省に運用費の必要性を訴えることができたことは、非常に有意義でした。

寄付行脚を始めた頃は、研究の素晴らしさを訴えていれば、必ず賛同が得られるはずと甘く考えていたところがありました。しかし経済界の方々に研究者を支えていただくためには、当然ですがこちらの立場を説明するだけでなく、お願いにあがる企業の立場を深く理解する必要があったのです。様々なご意見をいただくなかで、少額の寄付であっても心から有難いと思うようになりました。また、日頃接点のない方々に、研究内容を直接伝えることができて、値千金、お金には代えられない貴重な体験となりました。私自身、寄付行脚によって大きく変わったのです。

吉井讓

(2013年4月 -天文学教育研究センターにて)

もうひとつの事例としては、天文台として標高が世界一となる、TAO(東京大学アタカマ天文台)プロジェクトがあります。南米チリ・アタカマ、標高5,640mの地点に、口径6.5メートルの赤外線望遠鏡を建設し、今まで観測不可能であった種類の赤外線を高い精度で観測するプロジェクトです。予算の総額が大きいため、国に予算を求めてもなかなか思うようにはいかず、事前に準備を進めることは容易ではありませんでした。資金がなければ準備はできず、準備ができなければ、計画の重要性を理解してもらうことができないというジレンマに陥りました。ともかく準備を進めるために資金を集めることが急務となり、企業や個人の方々にお願いしなければならなかったのです。

最終的には国の予算を得ることができましたが、これはひとえに支えてくださった企業や個人の方々の存在があったからです。寄付により研究を推進することの大切さを身をもって体験し、大学の中で最も恩恵に浴することのできた研究者のひとりではないかと思います。

<JTS事務局>

社会全体で支えるべき学術・芸術活動として、今後、更に発展が期待できる研究分野、 プロジェクトに関してお聞かせください。

<吉井>

自分の分野だからというわけではありませんが、天文学は多くの人々に支えていただきたい学問のひとつです。天文学は最古の科学で、その成果は人の心に訴え、蓄積されてきました。古代エジプトでは天体観測をもとにした暦で時を測り、それを体系化する数学が必要となり、そしてナイルの氾濫時期を知ることによって潅漑農業が始まり、また氾濫を防ぐための土木も生まれました。はじめに天文学ありき、学術も芸術も全て天文学から生まれたとさえ言われています。

この宇宙ではダークエネルギーという正体不明のエネルギーが全体の70%をも占めており、また、ダークマターといわれる暗黒物質が約20数パーセントを占めています。私たちの知っている物質はわずか4%に過ぎません。今後天文学によって宇宙の成り立ちが解明できたとしても、社会生活が劇的に変わるわけではありません。しかし、自分たちがこの宇宙にどのようにして存在するようになったか、そして、その宇宙は一体どのようにして存在するようになったのか、人間の興味は未知のルーツに向かうものではないでしょうか。ルーツに対する漠然とした思いから解放され、精神的な安定感を持つことに、天文学は貢献できるのではないかと思います。

一方、社会が支えるべき大切なものとして、芸術が挙げられます。国の政策として支援するだけでなく、社会全体で支えることも大切です。科学研究を牽引する独創的なアイディアは芸術に触れることで生まれることが多いと思います。もちろん豊かな社会生活を送るためにも心に響く音楽、演劇、絵画などが大切です。私の場合30代の頃に、オーストラリアで数年暮らしましたが、毎週のようにナショナルギャラリーへ足を運び、絵画を観ていました。ヨーロッパでは大英博物館やルーブル美術館、ミュンヘンにあるピナコテークなどへ行き、何時間もそこで過ごしました。芸術をどれだけ理解できたかは分かりませんが、その雰囲気の中に浸るだけで様々なアイディアが浮かび、ヒントを得ることができたことを実感しています。

一般の方々には研究者はどのように見えているのでしょうか? 数式で研究をしている姿を思い浮かべられる方が多いかも知れません。しかし数式が選択できたときには、既に段階としてひとつ先へ進んでいるのです。まずシナリオを組み立てなければなりませんが、私の場合では例えば宇宙のなかで様々な物質が生成したり消滅したりする現場をまず頭のなかでイメージし、その中に物理法則を知っている自分を置いてみて、ある働きかけをすると周囲がどう応答するかなど、様々なシチュエーションを試してみます。いかにリラックスしてイメージを膨らませることができるか、アイデアを得るためにはそんな柔軟さが最も重要なのです。

<JTS事務局>

社会全体で支えるべき学術・芸術活動として、今後、衰退・消滅が危惧される研究分野、 プロジェクトに関してお聞かせください。

<吉井>

危惧されるものとしては、基礎科学が挙げられます。衰退を避けるために一番大切なのは、やはり若い人たちが大学で基礎科学を学びたいと思えるような教育プログラムです。

長年、「理科離れ、科学離れ」が問題であると言われてきましたが、理科や数学が好きと答える中高生の割合は依然として高くありません。科学技術立国を標榜する日本の将来を考えると、問題は深刻です。学会や研究者も「理科離れ、科学離れ」を解決しようと様々な取り組みをしてきましたが、どうしても科学講演会などの企画が多かったように思います。研究者が科学を面白く話すことは素晴らしいことです。しかし、これは知識の伝達という一方通行になりがちでその場限りになってしまい、結果として問題を解決するには不充分でした。

理系を目指す高校生を一人でも多く増やすためには、教師が授業で教えることはもちろん大切ですが、科学好きの大学生や大学院生が高校へ赴き、熱い思いを込めていわば授業を出前することも大きな効果があります。この考えから、私は2004年3月にNPO法人サイエンス・ステーションを立ち上げ、現在も活動を続けています。(NPOサイエンス・ステーション 公式サイト :http://www.sciencestation.jp/)

高校生は授業から必ずしも知識だけを求めているわけではなく、科学に対する愛情や情熱など言葉以外に伝わってくるものも期待しています。自分たちと年齢の近い先輩たちが一生懸命に話す姿は、何よりも聞く者の心に響くのです。若い講師が予期せぬ質問にあわてながら答える姿をみたりすると親近感が生まれ、科学との距離がぐんと縮まります。

このような出前授業を実施するにはハードルがあります。まず予算がないこと。高校に予算があれば問題無いのですが、出前授業の旅費を負担するのは難しいです。国の補助金はありますが融通性に問題があります。学生たちが皆で話し合い、気持ちが盛り上がっているときに、すぐ行動に移せるような仕組みにはなっていません。やはり国とは別、「あしながおじさん」のようなスポンサー的存在が必要です。志をもって活動している団体に社会全体で応援する寄付文化が必要だと思います。

また、今日の科学の発展はとても早く、ダークエネルギーやIPS細胞など、数々の新しい発見に対して、現場の教師が子供たちから質問されてもうまく答えられなくて困ったという話を聞きます。理科の教師が最新の知識を仕入れることができるNPOなどによる教育プログラムがあったら良いのかもしれません。国とは異なるやりかたで共存できる方法を模索したら良いと思うのです。

吉井讓

(2013年4月 -天文学教育研究センターにて)

<JTS事務局>

学術・芸術活動への寄付のあり方に関して、吉井先生のお考えをお聞かせください。

<吉井>

突然映画の話ですが1997年のアメリカ映画、カール・セーガン原作の「コンタクト」を観たとき、強烈な印象を受けました。ちょうど、自分がマグナム望遠鏡への寄付をお願いするために企業訪問を繰り返していた頃でしたので、映画の中の1シーンが忘れられません。それはざっと次のようなものでした。

アメリカのニューメキシコ州にあるアレシボ天文台の電波望遠鏡で、地球外生命体からの電波を受けようとしている科学者がいる。ところがNASAの研究費が打ち切られ、プロジェクトの中断を余儀なくさせられてしまう。ジョディ・フォスター演じるその科学者は、プロジェクト存続のために、寄付を求めて様々な企業を訪れてプレゼンテーションをする。彼女のプレゼンは熱意に溢れて素晴らしいが、何度も断られる。どうせまた賛同を得られないと思い諦めて帰ろうとしている時、その場にいなかったCEOが会議室のスクリーンの向こうから、「『私』がサポートしよう」と声をかける。

この映画を観て感じたのは、アメリカ型の寄付は説得する側とされる側の1対1の関係で成り立っていること、この人に賭けてみたいと思わせる強烈なメッセージなりオーラなりが重要だということです。後日、映画に出てくる富豪には実在のモデルがいて、それは鉱山の掘削機械のビジネスで成功した父親から財を受け継ぎ、様々な分野に多額の寄付をした実業家ハワード・ヒューズだということを知りました。この映画をきっかけに、アメリカの寄付文化について興味をもつようになりました。

鉄鋼王カーネギーが1908年、アメリカ、カリフォルニア州のウィルソン山の天文台に莫大な金額の寄付をして望遠鏡を作りました。その後、1928年には、ウィルソン山の南東145 kmにあるパルマ天文台にも望遠鏡が作られましたが、こちらはロックフェラー財団の寄付によるものでした。彼らが大金を望遠鏡に寄付をするのはなぜかと思い、調べるうちに、「ヨーロッパへの負い目を次世代に残さない」というカーネギー自身の言葉が私の心に響きました。

アメリカはいわゆる新天地で、ニューヨークなどNewがついた地名が多く、アメリカ人の祖先のほとんどがヨーロッパから来ています。知識、科学、法律、社会システムなども、ヨーロッパから来ています。つまりアメリカ人は知識の根源、仕組み、独創性は全てヨーロッパに負っていると言われてきたわけです。その負い目は自分たちの世代で終わりにし、次世代には決して残さないということだったのです。その思いはロックフェラーに繋がり、産業からは遠いにもかかわらず基礎中の基礎を支えるという深い思いのなかで、その象徴のひとつが望遠鏡への莫大な寄付だったのではないでしょうか。今でも語り継がれるほどの大規模な天文台を建設したわけですから、寄付者によほどの哲学がなければできなかったことだと思います。このことによって、アメリカの天文学は飛躍的に進んだのです。

「国を豊かにする」という同じ目標に向い、国と民間が並行して、異なる視点や手段で学術・芸術を支えてゆく。国ができること、民間ができること、共に考えながら支え合ってゆくというのが、寄付の在り方だと思うのです。このような寄付文化が一日も早く日本に根付くことを心から願っています。

学術芸術を、社会全体で支える。

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